【体験談】双極性障害が治るまでの私の14年間「どうやって治っていったのか」

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双極性障害だった私

こんにちは。あさくるブログのあさみ(@supon130)です。
私は現在アメリカ・ロサンゼルスで料理人の夫と1歳の娘を暮らしています。

17歳からうつ・双極性障害と診断されて14年がたちます。

現在は双極性障害は寛解し、投薬や通院を辞めることができました。

大きな再発はしていません。

もちろん症状や経過は本当に人それぞれではありますが、

・双極性障害がどんな風によくなっていくか知りたい
・同じ病気の人の体験談を読みたい

こんな風に思っている方向けの記事です。

簡単に言えば「どうやって治っていったのか?」を書いています。

本当に色々なことがありました・・・

私が「今」を獲得するまでの道のりを今日はざーっと振り返りたいと思います。

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双極性障害になってから通院も投薬をやめれるとは思っていなかった

昔のことを振り返りながら第1章とかは本当に症状がひどく、覚えていないこともチラホラ・・・

今書き出してみると「精神科入院」ってかなりのパワーワードだなと思います・・・失笑

17歳から31歳まで14年間の年月でしたが、自分的にはもっともっと生きたんじゃないかと思うほど長く感じていました。

うつ・双極性障害と診断されてからは

・これから自分がどうなるのか
・そもそも治るのか
・どう生きていけばいいのか

不安だらけで、まさに先の見えないトンネル状態でした。

それは私だけではなく私を支えてくれた母も同じ気持ちだったと思います。

自分もまさか13年も通院すると思っていなかったですが、それと同時に通院や投薬が辞めれるとも思っていませんでした

妊娠がなければ、渡米がなければ、今も通院や投薬はしていたんじゃないかなと思ったりもします。

妊娠により断薬しましたが(医師の指導のもと)断薬自体は非常に辛いものでした。

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双極性障害を寛解している今、気をつけていること

現在は生活リズムや考え方が偏らないように常に気をつけて暮らしています。

なんだか元気な日もなんだか元気がない日は今もありますが、

・ちょっと寝不足かな~?と思ったら寝る
・少し運動する(主に散歩)
・気持ちを話したりすること(夫・母・友人)

このように対処しています。

そのおかげか、今は長く寛解期が続けられています。

本当にいろんなことがあった14年間でした。

「どうやって治ったの?」

この質問の問いに答えるのであれば

「死なずに生きてきたから」

と今は答えると思います。

死にたいと嘆いた夜は数えきれないくらいありましたが、それでも生き延びてきたから今があります。

夫と娘との幸せな日々があります。

あの日あの時自分をあきらめなくてよかったと思っています。

 

さて!

以下から私の半生をざーっと振りかえります。

非常に暗く重い内容もあるので興味のある方だけどうぞ~

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第1章 発病~精神科入院

高校2年冬
・英語の模試中に英語が突然読めなくなり、パニックを起こす
・以後動悸がおさまらなくなる
初めて心療内科受診、「アイデンティティクライシスによる抑うつ状態」と診断される
投薬が始まる
スクールカウンセラーのもとでカウンセリングを始める

高校3年春夏
・動悸や抑うつな気分がおさまらず徐々に授業に出られなくなる

高校3年秋冬
・勉強ができなくなり、大学受験を諦める

19歳春
・浪人し来年の受験を目指して予備校に通いだすが、授業に座っていられす1日でやめる
新しい心療内科に通い始める、投薬とカウンセリングは続く

19歳夏~冬
・どこにも属していない不安や焦りで自傷行為が始まる
・躁状態があらわれはじめて、バイトのシフトを詰め込みまくる
・自殺未遂で病院に何回か運ばれる

20歳春
・AO入試を利用して合格した大学に入学、大阪で一人暮らしを始める
・躁状態が終わり、鬱になると大学へは通えなくなる
・GWには部屋を引き払い、実家に戻る
・精神科に通い始める
「双極性障害Ⅱ型」と診断されて、薬が変わる

20歳夏
・大学を中退したことへの不安などで自傷行為がひどくなる
・それでもバイトのシフトを詰めまくり、自分で自分がコントロール不可に
・母の要望で精神科に入院

第2章 退院後~着付けのバイトを始める

20歳秋
・退院後、何もせずに実家に引きこもる

20歳冬
・母の勧めで着付教室に通う

21歳春~
・着付けのお稽古だけに通う日々で少し元気を取り戻し始める

21歳冬
・成人式の着付けのアルバイトをして着付けを仕事にしたいと思うようになる

22歳春
・双極性障害を隠したまま着付けのアルバイト(水商売のお姉さんの着物の着付け)を始める

22歳夏~
・着付けのアルバイトを頑張りながらも躁状態と鬱状態を繰り返し、昼夜逆転のような生活になる
・自傷行為もやめることができない

24歳春~
・新しい着付けのアルバイト(婚礼の着付け)を始める
・昼夜逆転が直る・自傷もおさまる

第3章 結婚~離婚~

24歳冬
・結婚する

25歳夏
・結婚生活のストレスで自傷行為がまた始まってしまう
↑今思うとこれが最後の自傷行為になる

26歳秋
・離婚する

26歳冬
・着付けのバイトを継続したまま、他の仕事をフルタイムで働きはじめる

27歳春~
・新しい恋人と同棲を始める

28歳春
・同棲生活のストレスで体調を崩すようになり、お別れして実家に戻る
・元・恋人がのっぴきならない罪で逮捕され、一時精神的にもかなり参る

第4章 再婚~出産

28歳冬
・現在の夫と出会い同棲を始める

29歳夏~
・2回目の結婚をする

30歳春
・妊娠が発覚し断薬する、ここで投薬は終了
・夫くんのロサンゼルス赴任が決まり、妊娠しながら働き一人暮らしを始める

30歳冬
・娘を無事出産

31歳春
13年間に及んだ通院・カウンセリングが終了

31歳夏
・ロサンゼルスへ駐在として移住

31歳冬
・このブログを始める
・再発はせずに今に至る

まとめ・生きのびよう!

今こうして言葉にして振り返ってみて思うことは、「双極性障害を治すために○○をした」とか「薬を辞めるために○○した」ってことはないってことです。

その時その時をただ流されたり突き進んだりして生きてきただけです。

私は薬を辞めることができたけど、薬を飲んで元気に暮らせるならそれはそれでいいと思っています。

投薬中はそう本当に思っていたこともありました。

色んな辛いこと、苦しいことあります。

心が病んでしまうって本当に自分を辞めたくなるくらい辛い気持ちになります。

私もそうでした。

でも、この記事をこんな記事を最後まで読んでくれたあなたにはどうか生き延びてほしいです。

生きていればいいことあるなんて無責任なことは言えないですが、

生きていかなければ何も変わらない。

だから、私は生きてるし、あたなにも生きていってほしいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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